2013/07/14

Nepal-116: ヘッドハント

私がポカラで住処にしているホテル『マウンテン・ヴィラ』は、ポカラのレイクサイドと呼ばれるエリアにある。
このホテルはガイドブックに載っているような有名ホテルではないが、国籍問わずリピーターの多い「知る人ぞ知る」人気ホテルだ。
その『マウンテン・ヴィラ』の3軒隣りにあるのが、ススミタとキーランがいる『シャムロック・スクール』である。
ここには私もちょくちょく顔を出し、夜には映画などを見せたりしているので、生徒たちとも顔見知りだ。
というわけで、サビナに代わる新しい寮母を探し始めた私は、真っ先にシャムロックの卒業生に目をつけた。


シャムロックの生徒の半数は貧困層の出身で、中にはポカラから2日もかかる僻地の村から来ている子供もいる。
能力があるにもかかわらず、環境に恵まれない子供たちを支援するのが、『シャムロック・スクール』の設立理念だという。
彼らは倍率の高い入試を突破してきた生徒たちなので、基本的に頭が良い。
しかし、彼らが支援を受けられるのも10年生までで、その後は自力でやっていかなければならない。

ネパールの基礎教育は10年生までで、10年生の最後にSLCSchool Leaving Certificate)と呼ばれる国家試験がある。
日本の高卒資格に相当するこのSLCをパスする事が、彼らの最大の目標なのだ。
とは言え、一昔前は『鉄の門』と呼ばれていたSLCも、今ではそれほどの難関ではなくなっている。
つまり、現在ではSLCはそれほど価値のある資格では無くなっているのだ。
となると、学生たちは当然その先の学士や修士、あるいは専門資格といった、より高い目標を持つようになる。
しかし、もともと裕福ではないシャムロックの卒業生にとって、進学後の学費を捻出するのは容易ではない。
また、卒業すれば寮を出なければならないので、新たに住む所を見つける必要もある。
私のホステルの寮母になれば、そういった問題を一気に解決できるのだから、決して悪い話ではないだろう。

何人かの卒業生と卒業予定の10年生にそれとなく今後の展望などを聞きながら、「勉強熱心で、頭が良くて、面倒見が良くて、誠実な性格」という条件で候補を絞っていく。
その結果、去年シャムロックを卒業した『プシュパ』という女の子に話をしてみる事にした。
彼女は去年の首席で、卒業後はシャムロックで臨時教師をしながらカレッジに通っている。
ただ、彼女に寮母をやってもらうには、シャムロックを辞めてもらわなければならない。
ただ最近、シャムロックは資金繰りが上手く行っておらず、質の低下がかなり目立つようになってきた。
そんな人材不足のシャムロックから彼女を引き抜くのは、最初はあまり気が進まなかった。
しかし、話を聞いているうちにやがて彼女自身のためにも引き抜くべきだ、と私は思うようになった。

彼女の夢は「心臓外科医になること」だという。
だが、親が相当の金持ちでもない限り、奨学金無しで医大に入ることは不可能だ。
そして、その奨学金を得るには、この国で最も優秀な学生の一人にならなければならない。
そのため、彼女の一日のスケジュールはかなりハードだ。
6時から11時までカレッジで学んだ後、シャムロックに帰って午後4時まで授業をする。
夜はシャムロックの下級生たちの面倒を見ながら、その合間に自分の勉強をするため、一日の睡眠時間は4時間ほどしかとれないという。
にもかかわらず、彼女にはカレッジの授業料にも満たない程度の月給しか支払われていないらしい。
シャムロックの援助を受けて学んできた彼女が、教師としてシャムロックに恩返しをするのは素晴らしい事だと思う。
しかし、そのために彼女自身の将来が犠牲になってしまっては、元も子も無いのではないか。


まぁ、いずれにせよ、決めるのはプシュパ自身だ。家族とも相談して、一、二週間じっくり考えてから決めればいい――――私は彼女にそう言った。
季節は一年で最も重要な学年末テストの時期になっていた。

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