2017/08/14

【脳内対談】老国 第ニ回

―――皆さん、こんばんは。『左脳の脳内対談』のお時間です。第二回の今日は、『どうすれば政治の目を子供や若い世代に向けさせられるか』について、議論していきたいと思います。
 さて、前回議論してきました政治の高齢者偏重ですが、近頃はそれを問題視・非難する『シルバー民主主義』や『老害』といったような言葉をよく目にするようになってきました。全体的に高齢者への風当たりが強まってきているように感じます。

右脳: そうですね。高齢者と若い世代の溝が徐々に広く深くなってきている気がします。一部のメディアなどからも『シルバー民主主義』の是正についての発言を耳にするようになりました。

―――政界でも与野党を問わず、この問題を取り上げる方々がいるようですが。

 彼らの多くは若手と呼ばれる人たちなので、まだ大きな流れを作れるほどまとまってはいませんが、それぞれ何とか状況を改善しようと色々なアイデアを考えているようです。ただ、やはり面と向かって高齢者を敵に回すような事は言えないようで、どれも今ひとつ踏み込めていない感が否めません。それでも、「この問題を解決しなければ日本の未来は無い」という漠然とした認識は、すでに若い世代を中心に広く浸透しているのでは無いでしょうか。

―――そうなると、次はどうやって問題を解決するかが課題となります。そこで今回のテーマ、『どうすれば政治の目を子供や若い世代に向けさせられるか』となるわけですが。ところで、昨年の夏から選挙権年齢が18歳に引き下げられましたが、これは『シルバー民主主義』の是正を目的にしていると考えていいのでしょうか?


 選挙権年齢引き下げのそもそもの根拠は、2010年に施行された『憲法改正国民投票法』にあります。同法では、「投票権は年齢満18歳以上の日本国民が有する」となっていますので、国政選挙・地方選挙の方もそれに合わせなければおかしい、という理屈です。世界を見ても18歳以上に選挙権を与えている国が大勢を占めていますので、これは妥当だと思います。ただ、一般的には「若者の声を政治に反映させ、現在の高齢者偏重の政治を是正するため」と考えている方が多いでしょう。

ーーー選挙権年齢の引き下げによって『シルバー民主主義』の問題は改善するでしょうか?

 残念ながらほとんど効果は期待できません。新たに選挙権を獲得した18~19歳の人口は有権者全体の2%ほどに過ぎないからです。さらに、あれだけ話題になった最初の選挙ですら、投票率は45%にしかなりませんでした。これも今後は下がると予想されるので、選挙結果への影響力はさらに小さくなるでしょう。『シルバー民主主義』を是正する手段としては、全くの見当外れと言っていい。当然、そんなことは政治家や官僚も分かっていると思いますが、結局、高齢者を敵に回せない以上、その程度の方策しか取れないのだと思います。

ーーー若い世代の投票率が上がれば状況は変わるのではないでしょうか?

 若い世代の投票率が多少上がったくらいではどうにもならないでしょう。現在、20~30代と60~70代の人口を比較すると、後者の方が400万人ほど上回っています。また、20~30代の平均投票率は約40%ですが、60~70代の方は70%以上でもあります。つまり単純計算で、20~30代の投票率が今の倍以上になってやっと高齢者と同等の影響力が持てるのです。しかし現状では、政府も野党もメディアも「みんなで投票に行こう!」と呼びかけているのに、若い世代の投票率が上がる気配はありません。

ーーーなぜ若い世代の投票率は低いのでしょうか?

 若い世代の投票率が中高年に比べて低いのは、程度の差こそあれ多くの先進国に共通しています。投票率、つまり政治への関心は、政治についての知識量に比例するのでしょう。知識が無いから分からない、分からないから関心が持てない、関心が持てないから知識が増えない。この悪循環が若い世代の投票率が低い最大の要因だと思います。

ーーーしかし、例えば安保法制の時など、若者が中心となり大規模な反対デモが起きました。これは若者が政治に関心を持っている証拠ではないでしょうか?

 確かに安保法制の反対デモには、とても多くの若者が参加しました。ほとんどのメディアや有識者は、これを「若者が政治に関心を持った証拠」と肯定的に解釈しました。しかし一方、ネットでは「ただのお祭り騒ぎ」と揶揄する意見が多く見られました。私がテレビなどを通して見た限りにおいても、彼らの多くはお祭り感覚で参加しているように見えました。安保法制が何なのか、政府がなぜそれを作ろうとしているのか、それが有ると無いとでどう違いが出るのか、今の日本と周辺各国の状況はどうなっているのか……といった問題の本質的な部分を彼らが理解したり議論しているようには全く見えませんでした。

ーーーそうだとしても、全くの無関心よりは良いのではないでしょうか? これを切っ掛けに政治に興味を持ち始めるかも知れません。

 期待は出来ないでしょう。彼らはデモが面白そうだったから関心を持ったのであって、政治そのものに関心を持ったわけではありません。何千何万もの人が集まってシュプレヒコールを上げる……そんな非日常的な興奮と一体感に酔うことが主な目的だったのだと思います。夏の野外コンサートなどで盛り上がるのと違いはありません。夏が終わったらデモも一気に沈静化していますから、「お祭り騒ぎ」と見られても仕方ありませんね。
 もし彼らが本当に政治に興味を持っていたら、純粋な好奇心から自分で色々調べたでしょう。安保法制が成立した後も社会の動向に注目し続け、そうして得た知識をもとに政府や野党、メディアなどの主張を聞き、日本の政治については自分なりに考え続けるでしょう。果たして今、そうしているデモ参加者は一体どれくらいいるでしょうか。

ーーー「若い世代に政治への関心を持たせるには、まず知識をつけさせなければならない」ということですが、そうなるとこれは教育の問題ということになります。現在でも政治については小学校から高校まで必修科目の中で教えられていますが、これらの知識では役に立たないのでしょうか。

 残念ながら、現在の学校教育だけで実際の政治を理解することは難しいでしょう。社会の仕組みについて、極めて表面的にしか説明していないからです。その為、若い世代には現実に対して有用な『使える知識』が欠落しているのだと思います。この社会がどういう仕組みで動いていて、世界が今どういう状況になっていて、自分たちがどんな構造の上に立っているのか、自分を取り巻くナマの世界がほとんど見えていない。全て自分たちに直接的・間接的に関わっている事なのに、知識が無いからそこまで想像力が働かない。だから政治や政治家たちをまるで「自分とは別世界の物事」のように感じてしまうのでしょう。
 そういった人間は概して、身近な理解しやすい意見に流される傾向があります。これがメディアが社会に大きな影響力を持っている理由です。しかし、そんな形で政治に関わる人が増えたとしても、それは民主主義社会にとって決してプラスにはなりません。表面的な情報に踊らされた主体性の無い世論によって、政治がポピュリズム化してしまうからです。

ーーーどうすれば私たちは『使える知識』を身に付けられるのでしょうか?

 『使える知識』を得る最も効果的な方法は『経験』です。人は様々な立場を経験することによって自分の内に異なる視点を獲得し、物事を多角的に見ることが出来るようになります。また、異なる視点を持つことによって、異なる立場の個人や集団がどういった状況でどういった反応をするか、ある程度推測できるようにもなるでしょう。その推測の精度が上がれば、『社会・国家・世界』といった巨大で直接認識することが難しい構造を感覚的に理解することも可能です。
 ただ、このプロセスをそのまま学校教育に取り入れることは不可能でしょう。教育とは先人の経験から抽出された骨組みを教えることであって、経験は教育を修了した後にそれぞれが獲得するものだからです。生きた知識とは、自分自身の経験から得た『現実の断片』を、学校で学んだ『骨組み』に肉付けすることによって初めて完結するのです。
 経験が最良とは言っても何から何まで経験することは不可能ですから、実際に経験できない部分は想像によって補うしかありません。教育現場で出来るものだと、ディスカッションやディベートなどが多角的に物事を見る訓練として有効でしょう。多人数でのディスカッションでは、擬似的にではありますが他人の視点から物事を見ることができますし、さらに立場を限定させたディベートでは、より主体的に異なる立場に身を置いて考える練習になります。これら二つは小学校の段階から積極的に授業に取り入れるべきだと思います。能動的に情報を収集し、論理を構築する作業から得たものは、そのまま『使える知識』として残るでしょう。

ーーー何故そうしないのでしょうか?

 「議論を授業に取り入れる」という案は、アクティブ・ラーニングの一環として注目されつつあります。ただ、それがなかなか実現しないのは、『自由な発想と議論』というのが日本人が苦手としている分野だからだと思います。協調性が何よりも求められる日本社会においては、周囲と異なる考え方を持ったり、他者の意見と対立することは高いリスクを伴うのです。そういった教育は求められていない、ということでしょう。
 また、この案を実現する上で最大の課題は、今の日本ではそういった指導ができる教師はとても少ない、という点にあると思います。教師から生徒へほぼ一方的に行われる授業と、決まった方向性など無く多方向に展開する議論では、教師に求められるレベルが全く異なります。さらに言うなら、日教組などを見ても分かるように、日本では教師自体が思想的に偏っていたりするので、客観的で中立な立場での指導を徹底させるには、かなりの時間がかかると思います。また、たとえ学校教育が変わっても、それが社会の変化となって表れ始めるまでには更なるタイムラグがあるでしょう。

ーーーそれでは、教育改革によって若い世代の政治に対する関心を育て、議論や投票を通して政治に積極的に参加してもらうことで『シルバー民主主義』を是正していく、という流れは期待できないのでしょうか?

 残念ながら即効性は期待できません。少なく見積もっても15年から20年以上の時間はかかると予想します。ただ、それでも日本という社会がこの閉塞した状況を打ち破って次の段階に進むためには、教育の改革以外に方法は無いと思います。

ーーーしかし、もしあと20年も現在の状態が続いたら、社会保障制度を始めとした日本の様々な制度が本当に破綻してしまう気がします。

 そうですね。いずれにしても時代遅れになった現行の制度は変わらなければなりませんので、破綻するまで問題を先送りにするハード・ランディングか、『痛みを伴う改革』を今から始めてソフト・ランディングするか、二つに一つだと思います。当然、前者にはメリットなどありませんから、選択の余地なく後者一択なのですが、問題はその『痛み』が社会保障制度や医療保険制度の恩恵を受けている高齢者に主に降りかかっていくので、今の『シルバー民主主義』の状態では政府にとって極めてリスキーな選択になるのです。それこそ「政権を失っても日本を変える」といった覚悟を持った内閣でも出てこない限り、現状のままではハード・ランディングは避けられないと思います。

ーーー結局、シルバー民主主義をどうにかしないと、抜本的な改革はできないということですね。では、どうすればシルバー民主主義を是正することが出来るのでしょう?

 どうにかして選挙における高齢者の影響力を弱められれば、あるいは逆に若い世代の影響力を強められれば、政府も高齢者に嫌われるのを恐れず、政策決定できるようになるでしょう。それが『シルバー民主主義の是正』です。それを実現するには、今の選挙制度そのものを変えるしか方法は無いでしょう。


ーーーさて、議論も段々と核心に迫ってきた感じですが、今回はこの辺りまでにしておきたく存じます。それでは皆さま、次回の『脳内対談』でお会いいたしましょう。

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